お知らせ

  • 2019/07/19
  • 副学長 木村先生推薦図書 パート3
  • 読書という旅に出よう
    ―公立小松大学で学ぶ学生の皆さんに―(パート3)
    
    「モーツァルト」
    ―小林秀雄全作品 全28集第15集―
    著者 小林秀雄 
    平成28年11月5日 第4刷 新潮社
    
     「モーツァルト」は戦後まもなく書かれたもので、彼の文芸評論の一つの到達点を示す記念碑的作品である。これも全編が散文詩であると言って良い。特に、「レクイエム」について語る最後の辺りは、モーツァルトへの鎮魂歌のように悲しくも美しい。小林によれば、音楽はモーツァルトで頂点を極め、ベートーヴェンがパンドラの箱を開いたがために、その後堕落の一途をたどったということになる。そう極論されるほどにモーツァルトの音楽はとても人間業とは思えない。「音楽はモーツァルトに始まり、モーツァルトに終わる」という人口に膾炙した言葉もそれを暗示しているかのようである。小林流に言えば「人間どもをからかうために悪魔が発明したもの」ということになる。
    
    ベートーヴェンを理解できなかったと言われるゲーテは、新しい音楽に熱狂していた当時の大衆よりはるかに多くをベートーヴェンの中に聞き分けていた。有名なハ単調シンフォニーの出だしを、メンデルスゾーンのピアノで聞いていたゲーテはひどく不機嫌になり、しきりと口の中で何かをつぶやいていたと伝えられる。ベートーヴェンの後に出てくるロマン派作曲家達の悲劇と危険性をいち早く予感していたというのである。
    
    ベートーヴェンの「クロイツェル・ソナタ」を聞いて慄然としたトルストイは小説「クロイツェル・ソナタ」を書いて、この音楽に徹底した復讐を行った。ワーグナーの無限旋律に音楽の退廃を聞いたニーチェは「ニーチェ対ワーグナー」を書いて、ワーグナーに宣戦布告した。ニーチェが発狂する2年前である。人生とは何か、美とは何ぞやというようなヤクザな言葉で頭を一杯にしながら大阪の場末をうろついていた小林を、モーツアルトのト単調シンフォニーの旋律が稲妻のように襲う。この異様な体験を己に納得させるために書いたのがこの「モーツァルト」である。小林は、彼一流のやり方で「モーツァルトの悪魔」と対峙したのである。