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副学長 木村先生推薦図書 パート4

読書という旅に出よう
―公立小松大学で学ぶ学生の皆さんに―(パート4)

「かくれ里」
著者 白洲正子 
2016年 第3刷 新潮社

 これも半世紀近く前の話である。世は高度経済成長期で、ようやく人々の生活にも余裕が生まれ、観光が一大産業となりつつあった。バスを連ねた団体観光客が、日本中の名所旧跡にあふれかえっていた。その頃、岡部伊都子の「観光バスの行かない・・・・埋もれた古寺」という文庫本を手に入れて、にわかに救われた気がした。白洲正子の「古典の細道」やここで紹介する「かくれ里」も私のこの方面の趣味の延長線上にある。

 「かくれ里」の中心にあるのはいつも産土の社であり、家々の菩提寺である。当時、伊丹に住んでいた私は、これらの本を頼りに中古のスカイラインを駆って近畿一円を走り回った。給料はほとんどがガソリン代に消えた。甲賀の里にある油日神社、宇陀の大蔵寺、今では世界遺産になった高野山近くの丹生都比売神社などはこの本で初めて知った。静寂な境内、その社や古寺を取り囲む集落の風景、背景の山並みなどは見飽きることがなかった。そして、土地に秘められた語られることのない歴史は益々私を離れ難くした。

 その中でも特に心に掛かっている場所がある。奈良県吉野の金剛寺で毎年2月5日に催される「御朝拝式」である。後南朝の歴史に関わる儀式がこの土地の旧家である「筋目の者」たちにより、560年以上も執り行われているという事実に驚嘆させられた。谷崎潤一郎に「吉野葛」という紀行文とも小説ともつかない作品がある。このなかに後南朝の話があり、「御朝拝式」についても記述がある。しかし、白洲正子の「かくれ里」を読むまでは、どこか夢の中の話のようで現実味がなかった。白洲の作品によって初めてこの土地の歴史、すなわち後南朝の存在というものが生き生きと現代に蘇るのを感じた。「御朝拝式」を一度この目で目撃したいと思うが、あいにくこの頃は入試や卒業研究の業務が重なる時期で、まだその望みを果してない。