お知らせ

  • 2019/01/08
  • 学長推薦図書 その8
  • 8.バイオ(アルケオ)ロジーへの誘い
    
    デイヴィッド・ライク 著, 日向 やよい 訳
    「交雑する人類―古代DNAが解き明かす新サピエンス史」
    2018年7月 NHK出版発行
     
     実験室内は陽圧。室外からは限外濾過(ろか)された空気しか入りえない。これにより,髪の毛の太さの千分の一より大きな粒子はすべて除去される。研究者が在室していないときにはつねに,天井から紫外線が降り注いでいる。入室する研究者は,全身をクリーンスーツ,グローブ,フェイスマスクで覆われる。サンプルは,高エネルギー紫外線照射室を経たうえ,実験に供される。
     さて,この部屋の中で行われようとしている実験とは何であろうか?サンプルとは,一体何であろうか?マイクロチップの組立てでも,薬品の製造でもない。答えは,DNAの抽出。サンプルとは,古代人の骨である。このように厳重なクリーン環境で行うのは,なぜか?理由は,実験を行う人間をはじめとする現代の生物由来のDNAの混入を防ぐためである。骨に高エネルギー紫外線を照射するのは,なぜか?古代人の死後,骨にすみついたバクテリアや菌類に由来するDNAを破壊するためである。この後,この室内でドリルで骨に穴を開け,骨の芯から当の古代人のDNAを得るのである。
     このようにして,ピュアな古代人ゲノムの抽出と配列決定,そして現生人類配列との比較が可能になった。
     ネアンデルタール人は,絶滅していたのではなかった。ネアンデルタール人とホモ・サピエンスの間に交雑があり,ネアンデルタール人のDNAの一部は,わたしたち東アジア人にも伝わっていることがわかった。かくして,古代人は,地中に冷たく眠る別種ではなく,体内に温かく共存する祖先となった。
     ライク博士と共同研究者の一連の仕事は,種が分かれては融合していたことを立証した。博士はこれを,ダーウィン的な枝分かれする「樹木」ではなく,「格子」にたとえた。古い材料から新しいコンセプトをひき出した点で,温故知新の好例といえよう。
    
    
    
    ハラルト・シュテンプテ 著,日高 敏隆・羽田 節子 訳
    「鼻行類―新しく発見された哺乳類の構造と生活」 
    2015年11月 初版第14刷 平凡社発行
    
     20世紀半ば近く,スウェーデン人のエイナール・ペテルスン・シェムトクヴィストが,ハイアイアイ群島という南海の孤島に漂着した。そこでは,フアハ・ハチと称する,ポリネシア系ユーロピドと考えられる小種族が生息し,独自の進化をとげた哺乳類―鼻行類と,平和裡に共存していた。
     鼻行類(Rhinogradents)は,特異に発達した単一または複数の鼻を使い,体を固定したり,歩いたり,跳んだり,補食したり,音を発したりする。プロメアンテ・デ・ブルラスの系統樹で,鼻行類は,24の属に分類されている。本書には,主要な鼻行類種に関して,構造と機能上の特徴が,12の図,15の図版,55の参考文献を用いて記されている。生物系以外の分野の読者も魅了されよう。
     一例として,シェムトクヴィストによるハナムカデ(Rhinochilopus)の描写を紹介すると;「6頭の雄が地面に伏して,全部の鼻を伸ばした。一方雌たちは彼らのまわりを輪になって歩いていた。そのとき,これまで私の聞いたもっとも奇妙なコンサートがはじまった。それは彼らの1頭が発したリズミカルな低いゴロゴロという声ではじまった。最初はゆっくり,それからしだいに速くなっていった。そしてついには6頭全部がそれに唱和した。(中略)雌たちは,歌っている雄たちのまわりを規則的なゆっくりしたテンポでまわり,最後の雄がソロを歌い終わるまでこれをつづけた。それから雄たちが起きあがり,妖怪たちはあらわれたときと同じようにゆっくりと暗い森に消えていった。村人たちは立ちあがり,モースタダ・ダーツァヴィマ(フアハ・ハチ族におけるハナムカデの呼称)が姿を消した方角に深々と頭をさげ,それから満月に向かって頭をさげた。」
     漂着者によってもち込まれた流感と,人為的な原因も含む,その後の地殻変動によって,ハイアイアイ群島の生態系は失われてしまったという。真に残念なことに,鼻行類は,出会ったと思う間に,バイオロジーからアルケオロジー(考古学)の対象に転じていたようだ。